クリニカ・イヴォ・ピタンギ

形成外科・美容外科の殿堂といわれるクリニック、「クリニカ・イヴォ・ピタンギ」は、「メスを持ったミケランジェロ」・「美容整形外科の父」と称され、修復外科医・形成外科医そして美容整形外科医の先駆者として45年以上にもわたりその腕を奮っているイヴォ・ピタンギ教授により1963年にブラジルのリオ・デ・ジャネイロに設立されました。

クリニックでは、形成外科・美容外科のさまざまな症例に対応するための理想的なシステムと環境を患者および医師に提供しています。クリニックでは、日々、美容整形・形成外科学の革新的な発展がなされています。

「クリニカ・イヴォ・ピタンギ」では、ピタンギ教授を筆頭に、外科分野における最先端の皮膚美容学に基づいた知識と経験を豊富に持った医師たちが診察にあたります。

また併設の「ヘルス&ビューティセンター」は “一人一人に対して、彼らの理想に最も近づくチャンスを与える”というイヴォ・ピタンギ博士の哲学のもと、ピタンギ教授の愛娘で、センターのディレクターである心理療法士ジゼラ・ピタンギが中心となって運営されています。「ヘルス&ビューティセンター」では皮膚医学においての最新技術と最高水準の治療を提供しています。「ビューティ・バイ・シー・イヴォ・ピタンギ」の製品は美の最高峰、究極の美を追求するこの場所で生まれたのです。


イヴォ・ピタンギ教授

イヴォ・ヘルシオ・ハルディム・デ・カンポス・ピタンギ氏(イヴォ・ピタンギ教授)は、ブラジル、ミナスゲライス州のベロ・ホリゾンテ市出身。外科医であった父親の足跡をたどり、自然に医学の道を志し、リオ・デ・ジャネイロ大学の医学部を卒業。その後も外科医となるため、欧米、特にフランスと英国で学びました。

ブラジルに帰国後、リオ・デ・ジャネイロにあるサンタ・カーザ総合病院の第19クリニックで、国内初の「手」専門の外科医院を創設。また、スーザアグイア病院の火傷と再生外科部の指揮を執りました。その後、サンタ・カーザ総合病院の第18クリニック(後の第38クリニック)の形成外科部も創設。現在も責任者として指揮を執っています。
1961年、グラン・シルコ・ノルテ・アメリカーノで起きた悲劇的な火事で100人もの負傷者が発生。重度の火傷患者が多い不幸な事故のなか、イヴォ・ピタンギ氏は、その才能を余すところなく発揮、不眠不休で患者に尽くし、アントニオ・ペドロ病院内の重度火傷部門を率先して指揮しました。そして、1963年に自身のクリニック、「クリニカ・イヴォ・ピタンギ」を設立。

美容外科のパイオニアとして精力的に活躍するイヴォ・ピタンギ教授は、熱心な教育者でもあります。世界中を回り、各地の大学で何千人もの医師達に講義を行いその知識・技術を余すところなく披露。45年以上の輝かしいキャリアの中で、各国の専門外科医500人以上を養成、また今日までクリニックに派遣された医師やアシスタントは5000人以上にものぼります。また、1000以上の専門レポートを著し、3000以上もの講演、多くの著書を執筆。「美容整形外科の父」と称されるピタンギ教授の才能は、世界中の数多くの名だたる大学でその栄誉を称えられています。

「社会的地位・貧富の差の分け隔てなく、みな平等に。」との哲学から、1960年にHumanitarian Institutionをサンタ・カーザ第38クリニックに創設。人道支援を行う機関として、金銭的に恵まれない人々にも修復外科治療を受けられるような環境をつくり、40年以上もの間にわたり、最も貧しい人々にも無償で手術を行っています。こうした献身的な行為によって教授は多くの貧しい人々から感謝されるだけでなく、権威ある多くの賞を受けました。

地球市民としての責任。教授はもし人類の現在が最優先されるべきだとすれば、その未来についても同様だと考え、地球の未来について熱心に擁護をし、環境保護に積極的に参加しています。リオ・デ・ジャネイロ州の南に位置する島、イラ・ドス・ポルス・グランデに、教授自身が深い愛着を持っているこの地方の動植物を保護するための聖域を作りました。


ジゼラ・ピタンギ博士

ジゼラ・ピタンギは、ブラジル生まれで、イヴォ・ピタンギ教授の4人の子供たちの中でただ一人の娘です。父と同じ医師でありまた同じ価値観も共有しています。それは家族(息子が3人)、患者、貧しい人々へ援助、そしてスポーツと自然を愛することです。
彼女もまた父と同様、パイオニアです。心理医療を専門とし、80年代にクリニカ内に「心療(話を聞き支援する)部門」を創りました。当時まだ革新的だったこのアプローチは今では修復美容外科のあらゆる場面において欠かせないものとなっています。 彼女はクリニカ・イヴォ・ピタンギの院長でありまた自身が創立した「健康と美容センター」(Nucleo de Saude e Beleza)のスーパーバイザーとして注意深く監督を行っています。そして多くの知識と経験が蓄積された環境の中で、他分野の専門家たちから成るチームのトップに立ち化粧品開発を指揮しています。製品には彼女の創造性、女性としての直感、医師としての厳格さ、そして、ファミリーに受継がれる化学倫理が盛り込まれています。